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「妖々日本史」の三田主水さんの作成した100の質問への回答です。
遅ればせながら、自己紹介を。
まあ、考えてみるといつもは担当編集者が書いてくれてるんだよね。
生地 北海道札幌市
生年月日1956年4月10日(牡羊座)
札幌大谷幼稚園・札幌藻岩小学校・札幌藻岩中学校・札幌月寒高校を経て東洋大学文学部仏教学科卒。
高校の先輩には、ハードボイルド作家の佐々木譲先生(当然の事ながら先生が私をしってる筈はない)・英文学者の植松靖夫先生(知り合った後に知って驚いた。驚きついでに、甘えていろいろ無理難題を言ってしまった。反省しています。東北学院大の方、先生に会ったら朝松が謝っていたと、お伝えください)
大学の先輩には、植木等・坂口安吾(ともにお会いしたこと、ありません)の他、西武にいた松沼(東都リーグの決勝戦を応援に行った事あり)……そうだ。竹本健治さんをわすれてはいけない。わたしが入学した年竹本さんは、すでに注目の大型新人でした。(もっとも学科が違ってたから会うことはできなかっただろうけど……)
同人誌歴 中学時代は手書きの怪奇小説同人誌や、手書き回覧マンガを作っていました。小説とマンガは、小2ぐらいからやってました。
ただし、SFマガジン(小5くらいからとっていた)を読んで本格的な同人活動は高校に入ってから、と思っていた。「コム」なんかを見て勝手にそう思いこんでいたんだけど。
で、高校に入って初めに入ったのが、巽孝之の科学魔界。でも、なんとなく波動が合わないんでやめたのです。それから次に入ったのが「いすかーちぇり」ってところ。主宰の波津博明はいい人だったんだけど、副会誌を作ってた本間邦博って奴が、偶然高校の先輩で、バカの癖にいばるので、「いすかーちぇり」とは、つかず離れずになりました。
それで、当時、日本になかった幻想怪奇小説の同人会を作ったのが1972年。一緒に立ち上げたのが、京都の赤井敏夫。赤井はいま、英文学者として、神戸の大学でトールキンの研究してる筈。
こうして作ったのが黒魔団でありました。
第1期の会員には何故か、慶応大のSF研の人が多かったようなきがする。
会の創設に当たり、後見人になっていただいたのが、平井呈一先生・紀田順一郎先生・塩谷隆志先生・荒俣宏さん。会誌を送らせてもらってたのが、鏡明さん・安田均さん・野村芳夫(竹上昭)さん。……それから、札幌在住で、イスカーチェリの例会にいらしてた荒巻義雄先生にも個人的にお世話になりました。
黒魔団は、その後何度か会員募集をしてユニークな人材を集めていきます。
その筆頭はなんといっても、松尾未来。彼女は第1期からの会員です。
次は、安土萌。入会時は、武蔵野美大の学生だったはず。
それから、那智史郎。宮壁定雄。(ウィアード・テールズ)──江口之隆・亀井勝行(魔法アミーゴス)──
故・高木国寿(大伴墨人)・夏来健二・ひかわ玲子(彼女はローラリアスがメインで゛した)・高橋文義(純文学系の評論家)・今朝丸真一(ミステリ・ファンの大古参)・あと、会員だったんだけど、某ミニコミ誌の新人賞をお取りになられてからは、「黒魔団なんて怪しげな(笑)団体」とは、何の関わりもない、もし関わっていたらなどという人がいるが、そんな仮定の質問には答えられない。」と、言う人々もおられるようでございます。(ここんとこ、岸田今日子ふうに)
あと、会の周囲にはりっぱに生きていた人、立派に生きられなかった人なんかもいたのだが、その話は次回におはなししたいんだな、ぼくは。
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